言葉のこと

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小説「統合失調症発症物語 」   第四話「星田さんと僕」

若い看護師が来た。

「朝の検診をします。」

僕は話しを中断し、体温計を脇に挟む。

「お話の邪魔をしてすみません。」

僕は看護師に血圧を計ってもらい、薬を飲んだ。

背の高い男性が僕に近づいた。

「あなたはアル教の信者ですか?」

廊下のつきあたりで座禅を組んでいた男性だ。

「いいえ。あなたはアル教の信者なんですか?」

「はい。あなたはアル教の信者の顔をしていたもんですから声をかけました。」

僕は勉強不足からアル教に偏見を持っていた。

閉鎖病棟に来たら、信仰は同じだ。

病気の治療が第一だ。

「私は星田です。」

「よろしくお願いします。」

「廊下の奥で邪念を振り払っていました。あなたが面白そうな集会をしていたので私も参加したいと思いました。参加してもいいですか?」

「もちろんです。」

検診を終えた清美さんが僕の隣の椅子に座った。

「星田さんおはようございます。」

「梯子の続きを聞かせてくれる?」

順哉と秋乃さんが椅子に座った。

僕は記憶を辿った。

茶色い梯子の二段目に左足を乗せる。

茶色い梯子を登ることこそ昇進だと思った。

さらに上へ。

僕はいつの間にか暗くなった空の下で、倉庫の屋根の上に上がった。

上はまだあるか?

僕は駅舎の屋根を見た。

駅舎の屋根はさらに高いところにあった。

トタンで出来た倉庫の屋根の上を歩く。

ギシッギシッ。

隣の茶色の建物が暗い中に見えた。

よじ登れば駅舎へ上がれる。

昇進のためだ。

僕は静かに立ち止まって思い返した。

この場所に来るまでに何人の頭を踏みつけたのだろうか?

あと一歩で頂上に到達する。

僕は足元に出っ張りを見つけた。

出っ張りは他人の頭だ。

出っ張りに足を乗せた。

体を踏ん張って隣の建物の屋根に手を伸ばす。

ガラガラッ。

僕は闇に落ちた。

足首と肘に痛みを感じる。

僕は頭を上げた。

頭上に丸い月が見えた。

倉庫の中に落ちた。

闇が怖かった。

虫が心の外に出た。

統合失調症を発症したのね・・。」

清美さんは寂しそうな顔をした。

「虫が心の外に出てどうしたの?」

僕はレポート用紙を読む。

『僕は母の携帯電話で実家に連絡した。』

「今の話し・・。」

秋乃さんが眉間に皺を寄せる。

ギリシャ神話のイカロスの話しに似ているんだよ。」

「イカロスの話し?」

清美さんが秋乃さんに聞いた。

ギリシャ神話。イカロスが傲慢さから太陽に近づこうとして、蝋で出来た羽が溶けて地面に落ちる話し。」

「僕も思い付いた。」

順哉が言った。

芥川龍之介蜘蛛の糸。」

「自分だけが助かろうとして、結局地獄に落ちた話し。」

星田さんが指を一本立てた。

「私も似ている話しを知っています。」

僕は辺りを見た。

眼鏡をかけた男性がいつの間にか秋乃さんの隣に座っていた。

星田さんが目を瞑った。

 

第四話「星田さんと僕」おわり 第五話に続く。