言葉のこと

言葉を教えたり小説を載せたり。

小説「統合失調症発症物語 」  第六話「山内先生と僕」

「先生の回診があるから一度離れるわね。」

清美さんは席を離れた。

「すみません。僕も先生と話してきます。」

順哉が席を離れた。

星田さんも秋乃さんもいっさんも席を離れた。

「あとで続きを聞かせてよ。」

秋乃さんが手を振った。

僕は食堂に一人でいた。

医者が六人近づく。

「調子が良さそうですね。今の調子でいけば来週には退院できます。今日はご両親が来られるみたいです。ゆっくりしてくださいね。」

山内と名乗る先生が言った。

「先生。僕の病気はどんな状態なんですか?」

僕は山内先生に聞いた。

「あなたの病気は、落ち着いています。前の病院でもらった薬をやめたので症状が出たのです。薬を飲んでいれば安心ですよ。」

「ありがとうございます。」

僕は山内先生に頭を下げた。

秋乃さんが席に戻る。

「話しを聞かせてよ。」

僕は秋乃さんと一緒にお茶を持ってきた。

「秋乃さんはどうして精神科に入院したの?」

僕は秋乃さんに聞いた。

「俺は親と喧嘩して、自分を表すものさしが二つになった。一つは自分のものさし。もう一つは親のものさし。だから入院した。」

「ものさしが二つあるんだね。」

「君はどうして自分が間違えてると思ったの?」

秋乃さんが長いまつげを揺らした。

「僕は他人のものさしで生きてきた。要は親のものさし、教師のものさし、上司のものさし。話す言葉も他人の言葉。親の言葉、教師の言葉、上司の言葉。新人の宮腰とのもめ事で、自分の言葉をどこかに落としたことに気がついたんだ。」

「君は自分の言葉を探しているんだね。」

「他人の言葉で生きるのは機械だ。自分の言葉で生きるのが人間だと今は思うよ。」

「機械と人間か。」

秋乃さんは空中に球を投げるふりをした。

秋乃さんは投げた球を掴んだ。

秋乃さんと話しをしているうちに昼食になった。

昼食を食べ終えると時間ができた。

午後になり両親が面会に来た。

「静かなところだね。」

父親は言った。

「まぁね。」

僕は両親に病気の状態の説明をした。

山内先生が部屋に来た。

「先日まで個別の病室にいました。今は、症状は落ちいついています。大丈夫です。」

山内先生は若い。

両親に病気の経緯を論理的に説明した。

「先生。ありがとうございます。」

両親は深々と頭を下げた。

僕はもう人間も虫も区別をしていない。

両親はいつもの両親に見えた。

もちろん山内先生も。

部屋で両親と雑談をした。

「薬を飲み続ける必要があるのね。」

母親は言った。

「今は成分が多いけど徐々に減っていくみたいだよ。」

入院生活の話をして両親は帰った。

夕方から共同の風呂に入った。

脱衣所で服を脱いだ。

風呂場の扉を開けるといっさんが体を洗っていた。

いっさんの背中には文字が彫られている。

「TRUTH」

「背中はどうしたんですか?」

僕はいっさんに聞いた。

「文字を入れちゃったんだよ。俺のことよりさ。清美さんと仲いいけど清美さんのことどう思ってんの?」

いっさんはシャワーで靴を洗いながら聞いた。

「清美さんは小説の先生です。」

僕は体を洗いながらいっさんに言った。

「小説の先生か。先生がいっぱいいていいねー。」

僕はあとから入ってきた秋乃さんと星田さんと四人で汗を流した。

風呂場から出るといっさんは僕に聞いた。

「いじわるな質問していい?親か、山内先生かのどちらかを信じるとしたら、どちらを信じる?」

僕は困った。

山内先生と言いたかった。

「どちらも信じます。」

僕は両方を選ぶことが答えのような気がした。

退院するまでには本当の答えを見つける必要があるように思えた。

風呂から出たあとは清美さんと折り紙をした。

清美さんは折り紙も上手かった。

「折り紙は呼吸が大事なのよ。ゆっくり空気を吸って。」

清美さんの言葉で警察に囲まれたときの記憶がよみがえった。

 

第六話「山内先生と僕」おわり 第七話につづく。