言葉の問題

作品を発信するブログ。

作品を発信するブログ

結局はうまくいくようになっているのだなぁ。

なんだかんだ言って、

 

結局はうまくいくようになっているのだなぁ。

 

もちろん、うまくいかないこともある。

 

というか、うまくいかないことの方が多い。

 

でも、そういううまくいかないことを経験していくと、

 

うまくいかないことは放っておいてもいいやという気になる。

 

うまくいかないことをうまくいかせようとするよりも、

 

うまくいくことを伸ばした方が楽な気がする。

 

それでも、これは意外と気づいていないことなんだけど、

 

うまくいかないことに目が行きがちだという問題がある。

 

どういうわけか、うまくいかないことに目がいってしまい、

 

そのことをずっと考えたりする。

 

でも、

 

うまくいかないことというのは、

 

考える必要のないことだったりする。

 

そう切り替えると、

 

考える必要のあることが他にあるということに気付いたりする。

 

うまくいかないことに目を向けるのをやめる。

 

言葉では簡単だが、実際にやるのは難しい。

 

でも、それをやれば、

 

結局はうまくいくようになっているのだと気づくことが多くなってくる。

 

今までの重大局面を振り返ってみると、

 

結局はうまくいっている。

 

そのときは、とてつもなく恐ろしいことのようにく思えたりもするけど、

 

でも、結局はうまくいってる。

 

結局はうまくいくようになっている。

 

もしかしたら、そういうことなのかもしれない。

 

ありがとうございました。

 

不安で仕方ないときは、子供の頃を思い出すといいんだなぁ。

f:id:tanisuke1234:20220911093808j:image

 

今まで結構不安が強かったです。

 

原因はやはり、サラリーマンではなく、

 

自分のやりたい方向に進んでいくということに

 

自信が持てなかったからです。

 

かといって、

 

サラリーマンも自信が持てない。

 

だから、結局はクリエイターの方向に進むしかなかったと言えます。

 

それも、自分は特別なものは何も持っていないという思いがありましたので、

 

クリエイターになりたいと言っても、

 

人と違うことは何一つないという状況でした。

 

でも、サラリーマンはもっと自信が無い・・・。

 

そんな追い込まれた状況で、

 

不安は積み重なっていくだけでした。

 

僕がその積み重なった不安をまともに、

 

なんとかしようと思ったら、

 

それこそ、また病院の保護室に行くことは目に見えていました。

 

そんな中で唯一の希望だったのが、

 

僕は作ることが好きだということです。

 

何かを作ることが好き。

 

そんな、か弱い子供の思い出みたいなものが、

 

僕の唯一の希望でした。

 

そこから、

 

積み重なった不安に目を向けず、

 

子供の頃からいろいろな物を作っては楽しんでいたことを思い出し、

 

少しずつ、一歩ずつ進んできました。

 

今では不安が無くなったのかという、

 

そんなことはありません。

 

しかし、

 

もし不安で仕方なくなったときは、

 

子供の頃に作ることが楽しかったことを思い出すことで、

 

また一歩進むことができていると言えます。

 

たぶん、この先も不安だらけです。

 

ですが、この先も子供の頃の思い出を思い出し、一歩ずつ進んでいきたいです。

 

 

ありがとうございました。

統合失調症が寛解して思うこと 〜サラリーマンとクリエイター論〜

 

みなさんこんにちは。

 

今回は、統合失調症寛解して思うことについて書きたいと思います。

 

僕は2018年に医者から寛解だと告げられましたので、

 

2022年の今、寛解から4年が経ちました。

 

とは、言っても病気のことなので、

 

びっちりと線を引いて2018年以降は一切症状が無いというようなことはありません。

 

今でもときおり、妄想的な考え方が頭をよぎることが多々あります。

 

しかし、その妄想を元に行動するということまでは無くなったのかなとも思います。

 

それで、統合失調症寛解して、思うことなのですが、

 

統合失調症をきっかけに人生が大きく変わったと感じます。

 

特に、

 

統合失調症を発症するまでは、

 

普通のサラリーマンをやっていましたが、

 

今はクリエイターみたいなことをしています。

 

ですから、進む方向が180度変わったわけです。

 

一体何が変わってそうなったのかと言えば、

 

それは、やはり自分はサラリーマンに向かないという思いと、

 

本当に自分がやりたかったことをやっていきたいと思いが強くなってそうなりました。

 

そう思うようになってからは、

 

どんなことでもやるという感じで、

 

何でも取り組んできました。

 

統合失調症の発症が30歳だったので、

 

もし、方向転換をするにも、これがラストチャンスだという気がしていました。

 

方向転換してからだいぶ年月が経ちましたが、

 

最近は、とても心穏やかに過ごせています。

 

サラリーマンの頃の、常に心を揺さぶられる感じからは、

 

ほど遠い地点に来たと感じます。

 

サラリーマンが安定していると感じる人もいると思いますが、

 

僕にとってはサラリーマンは不安定に感じていました。

 

サラリーマンは外部の要因で自分の進路がコロコロ変わる印象がありました。

 

それよりは、

 

自分の好きなクリエイターをやっていた方が、

 

自分の好きなように進路を変えられるので、

 

むしろ安定していると感じました。

 

そして、統合失調症的な妄想は、

 

クリエイターととても相性がよく、

 

あまり人が発想しないようなことが

 

どんどん浮かんできます。

 

それを形にするというのは、練習が必要ですが、

 

それでもクリエイターにとっての命は

 

発想の部分だと思っています。

 

ですから、

 

統合失調症の妄想がクリエイターとしての発想に役に立ちます。

 

まさかそんなふうに統合失調症の妄想が役に立つ日がくるとは思ってもいませんでした。

 

サラリーマン時代の自分をふりかえると、

 

型にはまった生活をしていましたので、

 

やはり発想がだいたい皆と同じだったと感じます。

 

ですから、発想というのは、どういう生活をしているかというところが、

 

結構大きな重点を占めるのではないかと思います。

 

それで、

 

僕たち、統合失調症を発症した人というのは、

 

言ってみれば、その型から飛び出した人たちです。

 

人が発想しないことを発想することが得意な人たちとも言えます。

 

もし、統合失調症を発症したけど、どんな仕事をしたらいいかわからないという方は、

 

この強みを活かす方向で考えてみると道がひらけるのではないかと思います。

 

もちろんクリエイターである必要はありません。

 

好きな分野で人と違ったことを活かすというような方向性で考えると、

 

結構道が伸びていることに気づくと思います。

 

長い話におつきあいくださりありがとうございます。

愛と恐れとエヴァンゲリオンと・・・。

 

みなさんこんにちは。

 

今回は、

 

愛と恐れとエヴァンゲリオンと・・・という話をします。

 

僕はエヴァンゲリオンが好きで作品を観てきたのですが、

 

最新作の映画「シン・エヴァンゲリオン」はアマプラで途中まで

 

観たと言う感じです。

 

それで、

 

僕の妄想を踏まえた、話をしたいと思います。

 

この作品は、主人公の碇シンジくんの物語だと思うのですが、

 

碇シンジくんが一体何に恐れているのかという話です。

 

これは、シン・エヴァンゲリオンを観てふつふつと感じたことですが、

 

碇シンジくんはお父さんの碇ゲンドウを恐れているのだと感じました。

 

碇シンジくんは一見、人間全般に対して恐れを感じているようですが、

 

碇ゲンドウが重要な鍵を握るようになってから、

 

やはりこれは碇シンジくん碇ゲンドウへの恐れを描いた作品だったのだなと

 

思いました。

 

それで、作者の庵野秀明さんお父さんは、

 

製材所でノコギリを使ってに事故に遭い、左足の膝から下を失い義足を使っていたそうです。

 

この、

 

庵野秀明さんお父さんの関係というのが、

 

作品にとても投影されているように感じます。

 

それで、碇シンジくん碇ゲンドウを恐れているようにも見えるのですが、

 

恐れがあるということは、その中には愛があるということです。

 

碇シンジくん碇ゲンドウを愛しているのだと思いました。

 

同じように、庵野秀明さんお父さんを愛しているのだと思いました。

 

作品中にたくさん出てくる機械やロボットを見れば、

 

庵野秀明さんの義足を使っていたお父さんへの愛を

 

強く感じます。

 

庵野秀明さんの作品中にたくさん出てくる機械やロボットは、

 

義足を使っていたお父さんの象徴として、

 

見ることが出来るからです。

 

そもそも碇シンジくんが機械のエヴァンゲリオンと一体となって、

 

使徒(敵)と戦うというモチーフは、義足を使っていたお父さんへの愛そのものだなぁと思います。

 

ここで、使徒という敵について考えてみると、

 

碇シンジくんの恐れというのは、結局お父さんへの恐れなのですから、

 

使徒お父さんへの恐れを表しているのだと感じます。

 

お父さんへの恐れが、あのぐにゃぐにゃした感じの造形として

 

表されているようにも見えます。

 

これは、庵野秀明さんお父さんへの恐れを表しているとも感じます。

 

それで、エヴァンゲリオンはATフィールドという防御膜を使います。

 

これは、お父さんへの恐れから身を守るための防御膜だとも考えられます。

 

作品の中では、

 

碇シンジくん碇ゲンドウを恐れ、

 

碇ゲンドウ碇シンジくんを恐れている。

 

どちらもお互いを恐れているこの関係は、

 

現実の

 

庵野秀明さんお父さんの関係と見ることが出来ます。

 

ですから、

 

僕が観なかったシン・エヴァンゲリオンのラストを妄想するなら、

 

本当は、

 

碇シンジくん使徒(=碇ゲンドウ氏への恐れ)を撃破し、

 

ATフィールドを解除(=恐れを解除)し、

 

碇ゲンドウを愛すという話であってほしいと願っています。

 

碇シンジくんがもし、碇ゲンドウを愛すことが出来たら、

 

碇ゲンドウも、同じように使徒(=碇シンジくんのへの恐れ)を撃破し、

 

ATフィールドを解除(=恐れを解除)し、

 

碇シンジくんを愛すことが出来るのになぁと思いました。

 

このエヴァンゲリオンという作品は、

 

父と子の愛。

 

つまり、

 

父子愛を描いた作品なのだなぁと思いました。

 

長い話におつきあいくださりありがとうございました。

 

プライバシーポリシー お問い合わせ