カンニングにはカードを出すそうだ。
僕はイエローカードを手に持った。
イエローカードは二枚で退場だ。
ちなみにレッドカードは一枚で退場。
イエローカードとレッドカードのどちらを出すかは監督に委ねられている。
主催者によれば、最初はイエローカードをどんどん出していいそうだ。
イエローカードを出すこと自体がカンニングの抑止力になるらしい。
と言っても僕は気が弱かった。
カードを出すのが怖い。
カードを出す用意はあるぞという雰囲気を作るので精一杯だった。
彼と目が合う。
彼は頭を下げた。
よし。
雰囲気は伝わった。
イエローカードをあわてて机に戻す。
あと二時間。
窓側の席の女性が手を挙げてこちらを見る。
監督補助に行ってもらう。
トイレらしい。
監督補助が受験者と教室を出た。
僕は困った。
一人になった。
まずい。
さっきの彼の頭が上がる。
窓側の席の男性も視線がうろうろする。
回答用紙から視線を離している受験者はすぐに分かる。
頭が一つ出るからだ。
イエローカードをまた手に持つ。
意を決した。
教壇の上から受験者を睨む。
窓側の席の男性は頭を下げる。
僕はあなたを見ています。
強い視線で受験者に無言の圧力を浴びせる。
さっきの彼も頭を下げた。
監督の仕事はまるでもぐら叩きだ。
監督補助が受験者を連れて教室に入って来た。
ほっとする。
監督補助に会釈をする。
監督補助が戻ってからは皆頭を下げたままだった。
圧力の効果はあったらしい。
緊張の中で時間が過ぎる。
もぐら叩きは続いた。
とうとう終了時刻が迫る。
「試験終了五分前です。」
僕は終了五分前を受験者に呼び掛ける。
僕の監督業もあと五分だ。
五分が経つ。
「試験終了です。」
ガラガラッ。
現場担当の男性が教室に入って来る。
「答案用紙の数を急いで数えて。」
現場担当の男性は顔を強張らせている。
監督補助が答案用紙を左側の席から回収する。
「何をやっているの。急いで。」
現場担当の男性は僕を急かす。
監督補助はあたふたした。
僕も右側の席から答案用紙を回収する。
僕は答案用紙の枚数を紙の重なりに気を付けながら数えた。
三十五枚。
回答用紙と受験者の数が合った。
現場担当の男性に枚数を報告する。
「試験終了です。忘れ物に気をつけてお帰りください。」
現場担当の男性は受験者に怒鳴った。
受験者は帰りの用意を始める。
緊張が頂点を越した。
僕は今日の仕事を振り返る。
緊張の中で試験監督の仕事はうまくできたのだろうか。
窓側の席の男性が僕に近づく。
「あなたは問三のリスニングの問題、解けました?」
彼は僕に尋ねた。
僕は答えた。
「はい、あの問題は解けました。でも難しかったです。」
「やっぱり難しかったんですね。」
僕は彼の問いに答えられた。
よかった。安心した。
初めての試験監督の仕事は終わった。
短編小説「初めての試験」 完
読んでくださりいつもありがとうございます。
感謝しています。
明読斎
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