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僕たちの重みについて その7

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みんなこんにちは。

 

くどいぐらいに更新しているけど、

 

読んでくれている方は本当にありがとう。

 

ところで、もう一つ気づきがあったので記事にするよ。

 

僕たちにとって価値のあるものってあると思う。

 

僕にとっては昨年出たipadが価値のあるものだ。

 

とても欲しい。

 

そこで、よくよく考えてみると、

 

ipadに価値があるのは自分が存在するからだ。

 

自分が存在しなくなれば、ipadに価値は無くなる。

 

そう考えると、

 

本当に価値があるのはipadではなくて、

 

自分だということになる。

 

自分が存在しなくなれば、ipadに価値は無くなるからね。

 

じゃぁどうしてipadを待ち望んでもなかなか手に入らないのか?

 

それは、

 

やっぱりipadに価値があると思っているからなんだと思う。

 

だから、

 

ipadよりも自分に価値があると思うようになれば、

 

ipadは自然と手に入るような気がするよ。

 

ipadの部分はどんなものを当てはめても同じことだよ。

 

じゃぁどうして、ipadよりも自分に価値があると思うようになれば、

 

ipadは自然と手に入るのか?

 

それは、

 

自分がこの世で一番価値のあるものだからだよ。

 

この世で一番価値のあるもの以上に価値のあるものを

 

手に入れようとしても手に入らないということ。

 

なぜなら、自分がこの世で一番価値のあるものだから。

 

ipadが自分よりも価値があると思ううちは、

 

ipadは手に入らない。

 

ipadよりも自分が価値があると思うようになれば、

 

ipadは自然と手に入る。

 

身の回りの手に入れたもので、まだそれが欲しいというものはあるかな?

 

無いよね。

 

手に入れたのだからまだそれが欲しいということはない。

 

身の回りの手に入れたものは結局、そのものよりも自分が価値があると思ったということ。

 

本当に欲しかったのはipadじゃない。

 

自分の価値だよ。

 

自分の価値は最初から自分の中にあるんだよ。

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