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「新極真会空手と統合失調症」NPO法人新極真会静岡湖西豊田道場  & 明読斎 対談 ・第二章 幼なじみの死③

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③損とか得とか

 

本:先にこの章の彼のエピソードの結末から話そうか?

 

明:気になります!(by千反田える

 

本:現時点(2020年)から数年前に彼は、交通事故で亡くなった。

 

見通しのいい道路で反対車線に飛び込んで、対向車に衝突、同乗していたお母さんと一緒にほぼ即死。

 

明:同乗していたお母さん……気になる状況ですね。

 

普通見通しのいい道路で反対車線には飛び出しませんから、車中、もしくはその前から何かがあったのかと邪推してしまいます。

 

これは決して一般論ではなく、あくまで僕個人のケースですが、精神疾患の真っ只中にいる際に、母親に向かって恨みのような思いを持つことがあります。

 

どうして世間のことを教えてくれなったんだと。母親にすれば濡れ衣ですけどね。

 

世間に対する憤りをすべて母親になすりつける。父親に向かわないのも、深層心理では父親に向かえないというだけ。

 

その人は違うと思いますが、結局、発想が幼児なわけです。本さんは結局その人を止められなかったんですか?

 

本:残念ながら。 最後のお別れで葬儀に出席した時に、学生時代以来、何年も会ってなかった彼の双子の弟に会ってね。

 

なにも話さなかったけど、僕がその弟さんの前に立った途端に、弟さんがわっと泣き出して、ぼろぼろになって、声もだせない状態で、僕を見ながら、 「ごめん」 って口を動かしたように見えた。

 

僕の横に亡くなった双子の兄さんでも見えたのかな?

 

明:自殺なんですか?

 

本:さぁ、それは表向きは、見通しのいい昼間の空いている太い道路でありえない事故ではあるけれども、運転手である彼が脳出血かなにかを急に起こして、運転を誤った結果みたいに処理されてたな。

 

死人に口なしだし、本人もきっと、「死んじまったし、どうでもいい」って言ってると思う。

 

明:本さんとしてはどうなんですか?

 

本:棺を焼却炉へ運ぶだんになって、彼の棺に寄り添う人が、同時に行われたお母さんの棺の時よりも少ない気がして、それで泣けてきたね。

 

最後までこれかよ、と思って、もちろん、血のつながりはないけど、炉に入れるところまで、堂々と運ばせてもらったよ。

 

あとうちの道場の顧問をしてくれていた彼のお父さんも、彼が亡くなった翌年に亡くなった。

 

お父さんが亡くなる少し前に電話で話したんだが、元気なかったな。 「本くん、ごめん。わしも体の調子が悪くてね」 って弱々しく言ってた。

 

いまも健在な弟さんのご家族(奥さんとお子さん)には悪いけど、あの家の軸は亡くなった彼だったと僕は思う。

 

お母さんと彼が同時に亡くなって、お父さんもすごくショックだっただろうな。

 

明:本さんはその最後のドライブには誘われなかったんですか?

 

本:あの時点ではそれなりにまた交流してたんで、よく電話ももらっていたし、もし、来い!って呼ばれたら、一緒に行ってたと思う。

 

事故の少し前に彼は僕がやっていた事務所にきていて、長女(道場のスタッフの呼び名)とも会ってるんだ。

 

それなりに幸せそうにやってる僕を見て、見逃してくれた気がするんだ。 「しょうがねぇな。見逃してやるか」ってね。

 

明:武道は病気に勝てなかったんでしょうか?

 

本:この彼も武道を学ぶことで自分の精神疾患を克服しようと努力したことはたしかだけど、けど…

 

明:言いにくそうですね。

 

本:話題が大きくなってしまうんだけど、これは僕が道場運営のテーマとしている問題でもあって。

 

多くの場合、武道道場に精神的な成長やある意味、救いを求めてやってくる人がいる。

 

でも、ことフルコンタクト空手に関してはその方面にむけてハードが整っている道場がたくさんあるとはいえない。

 

へたをしたら、多くの従業員を抱える大企業の方が会社内に心理カウンセラーを雇用していて、心の悩みを抱えた従業員の相談にのっているくらいだ。

 

僕が知っている大手の会社でもそういう部屋があって社員さんが利用している。

 

明:僕の務めていた会社にもありました。でも、それって社員としては噂が立つとか、査定に響くとか不安もありますよね?

 

本:だよね。ちなみにそれは某ソニーさんなんだけど、僕もそこの社員だったことはないよ。

 

けど、ウチにはこんなのありますよって説明を聞いて、なるほどな、と感心した。

 

結局、自分のメンタルが本当に心配な人は社外のメンタルクリニックへ行ってるみたいだけどね。

 

僕のところも僕の妻や長女に付き添って、近所のメンタルクリニックへ行ったことがあるよ。 精神衛生のために。

 

明:本さんもついてくんですか?

 

本:それはね。この章の死んでしまった彼のこととかその後のいくつものケースを見てきて、僕は自分の道場に心理的な相談をしてきた人、もしくはあきらかに問題がありそうな人には、精神科医メンタルクリニックをすすめて、一緒に行くようにしている。

 

本人だけだと怖がる人もいるし、クリニック、医院の先生と良好な関係を築けない人もいる。

 

結局、診察後のことを考えても、本人プラスいつも本人の周囲にいる人が一緒に診察を受けておいた方がいい場合が多いと思う。

 

本当にその診察を受ける人の信頼できる他者がね(家族とは限らなくて)心理的な秘密や悩みの共有者がいるのは、診察を受ける人からすればいくらか気が楽になる部分があると思うよ。経験からそう思うんだけれど。

 

明:精神科までついてくる空手家ですか?

 

本:そうした勇気、精神力を道場で鍛えております。

 

明:道場でそこまでするんですか?

 

本:相手が嫌がればしないけど、過去のケースを話して、そうしておいた方が僕はあなたの役に立てると思いますよって説明するよ。

 

明:ついて行く代わりに多額のコンサルタントをとるとか。

 

本:まさか、それはないね。並んで電車で行ったこともあるし、車に同乗していったこともある。

 

明:本さんはそれは誰かに報告するんですか?

 

本:後で話すけど、警察がでてくるような事案になった場合は、当然、警察の任意の取り調べも僕も受けたりするよね。別に求められれば、警察には普通に協力してる。

 

明:マッチョな人が集う空手道場のイメージが崩れていく……

 

本:夜、街のクラブに集まる人が全員ピアスしてて、ジャンキーじゃないのと同じで、それぞれですよ。

 

周囲の役に立つ種類の強さを求めて鍛えないと、町道場は自己満足のおじさん空手クラブになってしまう。道着だの洗濯物も増えるから家族はイヤがるし。

 

どうしても武道、武道と言ってもやってる本人が喜ぶだけのさみしい大人の空手サークルだったり、託児所代わりの子供サークルである実体があるわけで、そこから、現在のいまのこの日本社会に役立つ武道の場にしようと、常に頭を悩ましている道場運営者は多いと思いますよ。

 

明:なるほど、メンタルにも焦点を当てる道場は今の時代に合っていますね。ところで、この段落の「損とか得とか」の題の意味は?

 

本:蛇足ではあるのだけど、浮世の常として、この章の彼が公的には脳のどうのこうので亡くなって、お母さんと一緒に亡くなった。彼の車と衝突した反対車線の車に乗っていた人たちも被害を受けた。

 

それらのあれこれで、まず保険金が動いて、それもまた中々の額で、その後、彼のお父さんも亡くなって、いろいろなお金が生まれた。

 

でもね。彼の場合、今回の件で利益を得ても。喜んでいる人はいないと思う。

 

明:彼の死をきっかけに得たお金で喜んでる人はいないと。

 

本:きれいごとに聞こえる人もいるだろうけど、お金じゃ買い戻せないものを失ってるからね。

 

他にも言えることはたくさんあるけど、この章、長くなりすぎたんで、ここらへんで終わりにしておきますか。

 

明:そうですね。あなたの知らない世界じゃないですけど、僕には縁のない領域のお話っぽかったし、聞きいっちゃいましたね。

 

本:そう言えば、彼とは一緒に心霊体験したこともあって…

 

明:それは後の章で隙をみてお願いします。最後に僕なりの考えを少しだけ話すと、僕はベタすぎますけど、死ぬことと生きることはほとんど同じ意味のように考えています。

 

この本では今後、様々な人の死が取り上げられると思いますが、それらは結局生きることを考えるという意味を含んでいると考えます。

 

ですから、生きることを考えることが僕たち生きる者の出来ることだと思います。では、第二章はここまで、というこで。

 

第三章 相棒は行方不明 へと続く

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