②精神疾患は24時間、あなたを攻撃する 後編
本:彼自身の話だと、声によって世界の人々みんなが隠している真実を知ってしまった彼を、母親やその他の人が葬ろうとしていると、声から教えられたらしい。
僕は、幻聴のひどい時期の彼と付き合っていて、電波系ってこういう意味か、と思ったよ。
明:どういうことです。
本:彼が、筋肉少女帯の歌にあるみたいに、よくわからない怪電波の指令で行動してしまう人の実例に見えたよ。
例えば、二人で一緒に道を歩いてると、突然、彼が立ち止まって、、「ヤバイ」とつぶやく。そして、真顔で「ミサイルが発射される」と言いだすんだ。
明:統合失調症にありそうな話ですね。
本:横にいた僕には意味不だったよ。
声がどこかでミサイルが発射されたことを教えてくれたんだそうだ。
北朝鮮のミサイル発射を霊感で感知したのかとも思ったけれども、その時、世界のどこかでミサイルが発射されたってニュースはなかった。
明:声に選ばれた人間である彼だけに、その極秘情報を教えてくれるんですね。精神病的な症状ですね。
彼の病名はなんだったんですか?
本:それがね。彼は都合、何回か、入退院を繰り返してるんだが、精神科医は、彼に病名を教えてくれなかったと言うんだ。
担当医に聞いても、「それは教えられないなぁ」と言われるとか。
明:本さんは聞きに行かなかったんですか?
本:行ったよ。医師に病名は教えてもらえなかった。
それどころか、その医師からは、あの空手の先生と縁を切るように言われたと彼経由で聞いた。
明:嫌われてますね。
本:うん。 これまで精神科医にも数件ついて行ったけど、そこはね、彼以外の患者さんたちからも評判が悪くて、あくまで自分のペースで患者を薬物中心で治療するお医者さんだったね。
すごい量の薬を出すので、服用してると、いつでも半覚醒状態で、彼はそれを何年も続けた結果、5年以上の引きこもり、70キロだった体重が120キロオーバーになったんだ。
医師の指示通りに薬を飲んでいると、脳の働きが極端に抑えられて、うまく話せない、ほぼ、なにもできないような状態になる。
明:本さんは、このお医者さんのやり方に反対ですか?
本:彼以外にもここへ通院していた人がウチにきたんだけど、その人もあまりうまくいってなかったし、僕は薬を強めに与えて、後は放置しておくやり方を何年も続けるのは、どうかと思うね。
そのやり方が人手がかからなくて、薬で動けないから事件も起こさなくて、一番、安全だと思ってるのかもしれないけれど、これってかって精神病患者にロボトミー手術(前頭葉の一部を切除して意志を弱くする)をして牢屋に入れていた19世紀の治療法の現代版みたいなものじゃないの。
薬物を補助的に使って、対話で患者の心を治癒してゆくのが、現代精神医学の治療法だよね。
精神疾患の患者さんって勉強家も多いから、本やネットで調べて、自分がどんな治療を施されているのかを知って、結果、その医師に不信感を抱いて、ますなす治療の効果があがらなくなると思う。
明:理想は本さんの言う通りにしても、現実はそうでない医師もいますね。
薬に頼る現場はやっぱりあると思う。
本:薬を飲みながらも、彼は声に従って、失踪して山に籠って、オノだかナタで自分の腕を切り落とそうとしたり、たまに正気を取り戻し、このままではダメだと、首を吊ったり、薬を多量に飲んで、自殺しようとしたりしてたよね。
明:本さんは、彼になにをしたんです。
本:幻聴が指示した失踪がきっかけで、日々、多量の薬を飲んで、家に引きこもっていた彼に頼まれてね。
「本。お金を払うから会いに来て、オレと空手をやってくれ」って、で、お金はいらないけど、友達のお願いなので、空いてる時間はとにかく会いに行って、一緒に運動したり、話を聞いたりした。
明:本さん流、治療法ですね。
本:うん。精神疾患の人の話は、同じことの繰り返しだったりして、聞いてて正直、うんざりすることもあるんだけど、ともかく、相手が話し疲れるくらいまで、会うたびに話を聞き続けてやるんだ。
そうすることで、信頼関係ができてくると僕は考えるね。
明:それはいい考えですね。
本:そこは、患者に愛のある人がやることだと思うよ。
僕のは愛だけでなく、これが空手の修行だと思っていたから。
明:精神疾患者のカウンセラーが空手の稽古ですか?
本:素手素足で武器を使わずにミラクルを起こすのが極真空手なのでね。
これもまた自分の人間力を高める修行だよね。 人のためにもなるわけだし。
明:で、前の章の彼とも一緒に三人で実際に空手の稽古をしたりしたんですか?
本:うん。それがNPO法人新極真会静岡湖西豊田道場の始まりだよ。
明:死にたい人と空手をするって、どんな気分ですか?
本:それはそれとして誰とやっても空手は空手だから、互いにそれぞれ自分の心を見つめながら、稽古してたよね。
明:素晴らしいですね。
③勝敗の壁 へと続く