言葉の問題

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平川克美さんの『「消費」をやめる 銭湯経済のすすめ』という本の中で、僕が個人的に大事だと思った部分についての話

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みなさんおはようございます^^

 

いつもこちらのブログを訪ねてくださりましてありがとうございます。

 

今日は、平川克美さんの『「消費」をやめる 銭湯経済のすすめ』という本の中で、

 

僕が個人的に大事だと思った部分についての話をしたいと思います。

 

「他人より、他人より、、、。 」

 

僕がこの本の中で個人的に大事だと思った部分は、

 

第六章 詐欺化するビジネス—人間の欲望の不思議の部分です。

 

ここでは、以下のように書かれています。

 

人は、他人と同じでありたいと思うと同時に、

他人と違っていたいと思う矛盾した生き物です。

 

端的に言ってしまえば、

 

他人より劣っていたくなく、他人より優れていたい。

 

という心理です。

 

その心理は劣等感です。

 

この劣等感が消費を動かしていると、平川克美さんは言っています。

 

そういう目で見れば、世の中の広告は、ほとんど、

 

劣等感を刺激するものばかりです。

 

他人より、英語力が劣っててもいいの?

 

他人より、美貌が劣っててもいいの?

 

他人より、学力が劣っててもいいの?

 

他人より、他人より、、、。

 

ですので、煎じ詰めれば、

 

僕たちは他人より劣らずに、優れるために、

 

消費をしているのです。

 

僕が個人的に思うには、

 

他人より劣らずに、優れるのに消費は必要ありません。

 

他人より劣らずに、優れるのに必要なのは、消費ではなく、生産です。

 

なぜなら、消費は誰でもできるからです。

 

誰でもできることで、優れることは困難です。

 

生産は誰でもできることではありません。

 

生産をすることが、本当に他人より劣らずに、

 

優れることだと僕は個人的に思います。

 

他人より、他人より、、、。

 

この言葉は、呪いです。

 

頭の中でこの言葉が響いたら、

 

楽しいことを思い浮かべた方が良さそうです。

 

こころの生産の時代

 

では、どうしてこの部分が大事だと思ったのかですが、

 

それは、これから、こころの生産の時代が始まると思ったからです。

 

感覚的な話になりますが、

 

消費をする生き方はもう窮屈に感じます。

 

ものを消費しても、

 

得られる幸せは、

 

一瞬です。

 

すぐに次の消費対象にこころが移ってしまいます。

 

このような生き方をしていると、

 

物よりもこころが消費します。

 

こころの消費の時代はもう終わり。

 

これからは、こころの生産の時代が始まると

 

僕は個人的に思います。

 

こころの生産とは何かということですが、

 

それは、

 

こころが喜ぶもの。

 

こころが小さく満足するものや、

 

こころが小さく幸せを感じるもの。

 

こころの心地よさが長持ちするもの。

 

こころが豊かになるもの。

 

こころを穏やかに保てるもの。

 

他人より他人より、、、ではなく、

 

満足、十分。

 

こんな時代がくると思っています。

 

以上、平川克美さんの『「消費」をやめる 銭湯経済のすすめ』という本の中で、

 

僕が個人的に大事だと思った部分についての話でした。

 

いつもこちらのブログを訪ねてくださりましてありがとうございます。

 

明読斎🐌♥♥

 

考えさせる人「ところで生産するとどうなるの?」

 

「生産すると、他人との比較をやめるようになるよ。」明読斎

 

考えさせる人「ほほぅ。」