言葉の問題

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見えない世界の話

みなさんおはようございます。

 

今回は趣向を変えて、

 

見えない世界の話をします。

 

見えない世界の話をすることは、

 

結局は見える世界の話をすることになると信じて、

 

話します。

 

僕が大きな病気をしたにも関わらず、

 

楽に生きられるようになったのは、

 

見えない世界があると思い始めてからです。

 

ここまで書くと、何か胡散臭い話をするのかと

 

思うと思いますが、

 

その通りです。

 

とても胡散臭い話をします。

 

 

僕たちの住む世界は、

 

見えている物だけしかないと考えると、

 

とても窮屈であり、

 

理解が及ばないことがたくさんありすぎます。

 

しかし、

 

見えていない物もあると考えると、

 

途端に、

 

ゆったりと、

 

落ち着いた気分に包まれ、

 

理解出来ることがとても増えます。

 

見えない世界があると考えることは、

 

そのような効果があると思えます。

 

例えるなら、

 

道を一歩踏み外した方が、

 

かえってたくさん張り巡らされた規則に気がつくというようなことです。

 

見えない世界に一歩踏み出した方が、

 

見える世界のことがかえってよく分かるということです。

 

 

 

じゃぁ僕たちの住む世界はどんな世界なのか?

 

それをひとことで言うなら、

 

幻の世界です。

 

つまり、

 

物の無い世界です。

 

 

見えている物だけしかないと考えると、

 

ここで考えが止まると思います。

 

 

いやいや、物はあるでしょ。

 

実際に見えているし。

 

と思うと思います。

 

 

僕が言いたいのは、

 

その見えているということが

 

幻だということです。

 

見えている物は実際には無いということです。

 

 

どうして見えている物が実際には無いのか?

 

それは、

 

物があるということは、

 

物があると思ったあなたがいるだけだからです。

 

 

物があると思ったあなたがいなければ見えている物は無いということです。

 

そう考えると、

 

ほとんどの物はあなたがあると思っているだけです。

 

実際にはありません。

 

 

じゃぁどうして見えている物があるということになっているのか?

 

それは分かりません。

 

しかし、

 

見えている物が実際にはあると考えるよりも、

 

見えている物が実際には無いと考えた方が、

 

都合の良いことが多いです。

 

 

なぜなら、

 

価値のあるものは見えている物だけではないからです。

 

つまり、ここが言いたいことです。

 

見えている物に価値があるとするなら、

 

見えている物が実際には無いと困ります。

 

しかし、

 

見えていない物に価値があるとするなら、

 

見えている物が実際には無くても困りません。

 

そして、

 

僕たちは長らく見えている物に価値があるとする世界を生きてきました。

 

しかし、

 

見えている物に価値があるとすると、

 

いろいろなところで歪みが生じます。

 

見えている物のために、

 

命を落とすこともしばしばです。

 

だから、今は、僕たちは

 

見えている物に価値があるとする世界から出ようとしていると感じます。

 

そして、ここが一番胡散臭い部分です!!

 

僕たちは見えている物に価値があるとする世界から出て、

 

見えていない物に価値があるとする世界に出るときが来ていると感じます。

 

見えない世界の話をすることの本質は、

 

見えていない物に価値があるとすることです。

 

 

僕たちは見えている物に価値があるとするから苦しくなります。

 

見えていない物に価値があるとすれば楽になります。

 

 

僕たちの住む世界は、あまりにもいきすぎた物質中心の世界です。

 

 

見えている物を追いかけるのをやめるだけで、

 

あなたの探していた物がきっと見つかります。

 

 

ありがとうございました。

 

^^/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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