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「新極真会空手と統合失調症」NPO法人新極真会静岡湖西豊田道場  & 明読斎 対談 ・第三章 相棒は行方不明②前編

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精神疾患は24時間、あなたを攻撃する 前編

 

本:情報専門学校を卒業後、彼はその学校の教員というか講師にならないかと誘われたらしいんだけど、 彼いわく、あまり生徒の質がよろしくない学校だったんで、それを断り、情報技術の会社に就職したんだ。

 

明:そこから人生、仕切り直しとはいかないんですね。

 

やっぱり、精神病気質のある人の人生のリスタートって難しいですよ。

 

本:そうした病気でリタイヤした経歴のある人は、いまも昔も大変だよね。

 

その点に周囲が触れなければいい気もするんだけど、どこからか情報はもれてるし、案外、本人が話してしまっていたりしてね。

 

メンヘラ精神疾患気質の人をあらわすスラング)とかいまや普通の会話にでてくるよね。

 

明:本さんは、本人も認めてるように明らかに中二病(精神年齢の低いオタク気質の人をあらわすスラング)っぽいですけどね。

 

本:それは本人公認なので、まぁ、それで困ってないよ。 意味が通じる相手になら、自己紹介でも使うし。

 

本:僕、中二病なんですよ、と、コソっと言う。さすがに48なんでね。胸を張って言ったりはしないですが。

 

明:その鈍感力がうらやましいです。

 

本:うーん。マジレスすると、常に自分に恥を感じながらも、でも、自分は自分として生きていくしかないじゃんと開き直りの精神を持つというかね。

 

精神的気質ってそう簡単に治るものじゃないし、それが原因で犯罪や社会的大事件を起こしたりした過去があるわけでもないのなら、自分で自分を受け入れなくて、誰が自分を受け入れてくれるんだ? というか。

 

明:翻訳すると21世紀をずうずうしく生きろ!ですかね。

 

本:うん、それができれば、精神疾患もずいぶん減るよね。たぶん。

 

極真空手が最強を謳うんであれば、21世紀の多くの人が精神疾患で苦しむ現代日本極真空手家は、より高度な鈍感力を身につけるべきだと思うよ。

 

実際、大山倍達総裁も、各極真空手の組織の上の方にいる人たちも、警察や検察のお世話になった過去のある人ばかりで、もしかしたら、現在進行形でもそうしたことをしてる人もいるんだから、あなたは大した事件も起こしてないのに、自分自身の精神疾患くらいでツブされたら、ダメですよ。

 

明:鈍感力を養うために新極真会の道場へ通えと。

 

本:そうだね。周囲を見ても、空手の先生は腕力はともかく(ケンカなんか鍛えてなくても、それこそピストル、ナイフがあればそれでカタがついちゃうし)、鈍感力の強い人が多いと思うよ。

 

会社のお荷物、家族のお荷物、周囲の嫌われ者でも、とにかくそんなの鈍感力で無視して、オレは空手の先生だ!みたいな、ね。

 

明:鈍感力で救済されて、オレは空手の先生だ! でいいんでしょうか?

 

本さん、すみません。ちょっとここまで、僕がずっと聞き手にまわっていましたので、少し話し手にまわりますね。

 

本:おっとどうした?

 

明:鈍感力って今回の本のテーマだと思うんですけど、実際、鈍感力をつけろって言われて、すぐに「じゃぁこれをやればいいんだな」と分かる人って少ないと思うんです。

 

本:まぁそうかも。鈍感力をつけろって言われて、すぐに「じゃぁこれをやればいいんだな」とは分かる人って少ないね。

 

明:そうすると、今回のテーマを斬るような物言いをしますけど、鈍感力ってただの象徴のように思えるんです。

 

本:象徴

 

明:はい、そうです。 鈍感力ってのは実際、強い心と言い換えてもいいですし、鈍い心と言い換えてもいいと思います。

 

そういう心を身につけましょうと言われて、じゃぁどういうことをすれば強い心や鈍い心を身に付けられるのかっていうと、それは僕たちにとっては、天地をひっくり返すぐらいに難しいことで、すぐには分かりません。

 

言ってしまえばのようなものです。

 

本:はちょっと大げさじゃない?

 

明:そうかもしれません。 それにしても、精神疾患を防ぐ、または立ち直るには鈍感力をつけましょう。ちゃんちゃん♪で終わる問題ではないと考えます。

 

じゃぁ、どういう問題だと考えるのかと言えば。

 

本:うん。どういう問題だと考えるの?

 

明:どうして自分が敏感なのかって問題なんだと思います。

 

本:わかりにくいね。

 

明:実際に統合失調症寛解になった経験から話をします。

 

前にコップにいっぱいの水を地面にこぼした話をしたと思います。

 

普通の人はコップの水をこぼしてもまぁいいやと思うまぁいいやと思っていれば、実際にコップにはいつの間にか水が戻る

 

だから、本当に問題が起きないんです。

 

だけど、僕たちはコップの水をこぼしてもまぁいいやとは思わないなんとか水を元に戻そうとして、地面に溜まっていた泥水を入れちゃったりする

 

だから、本当に問題が起こる

 

本:それで?

 

明:それで、じゃぁ、コップの水がこぼれてもまぁいいやと思うようにしましょうと言われても、コップから水がこぼれたことは僕たちにとっては、まるで普通の人にとっての今年(2020年)のウィルス騒動と同じように大問題なんです。

 

普通の人がウィルスが世界中に蔓延しちゃったけど、まぁいいやと思いましょうと言われて、思えないのと同じです。

 

だから、僕たちにとっては普通の人からすると小さなことである、コップの水がこぼれたことに右往左往するんです。

 

普通の人にとっても鈍感力をつけてウィルス騒動を乗り切りましょうというのは、きっと遠い言葉のように感じてしまいますよね。

 

僕たちにとっては、敏感の対象がウィルスではなくコップの水だということです。

 

本:そんなことを言ったって、じゃぁどうするの?あとコップの水って結局何?

 

明:じゃぁどうするのかと言えば、どうしてコップの水がこぼれることに敏感になっているのかということを探るということです。

 

実際に、コップの水がこぼれることに敏感になることの裏には自分の望みがあるということです。

 

自分の望みが裏にあるから、コップの水に敏感になる

 

自分の望みを知ると、どうしてコップの水がこぼれることに敏感になっていたのか理由が分かるというこです。あと、コップの水は自分の望みの投影です。

 

本:コップの水が自分の望みの投影?で、結局どういうことなの?

 

明:で、結局どういうことなのかというと、自分の望みを知ると、結果的にコップの水がこぼれたことにまぁいいやと思えるようになるということです。

 

なぜなら、コップの水は自分の望みの投影だから。自分の望みそのものではないからです。

 

自分の望みを知らないと、コップの水がこぼれたことにまぁいいやと思えません。 分かりますか?

 

自分の望みを知ると結果的に鈍感力がつくのですが、それは自分の望みを知ったからです。

 

長々と話してしまいましたので、また聞き手にまわりますね。

 

本:とりあえず、鈍感力に秀でた空手の先生がいるとして、その人自身は救われたわけだから、後は、周囲をどれだけハッピーにできるかだよね。

 

明:本さんはどこまでも前向きですね。

 

本:それでも新極真会空手は周囲を幸せにすると信じる中二病患者だからね。僕は。

 

明:鈍感力+中二病で最強ですか。 奥さんや長女さんがかわいそうです。

 

本:なので、僕の生きる目標の第一は、まずその二人(奥さん&長女)においしい御飯を食べてもらうことですよ。

 

明:正直、ここまで付き合ってきて、本さんを嫌う人の気持ちがわかりました。

 

鈍感力と中二病のコンボはタチが悪すぎます。 なんだろう、この犯罪を犯してるわけじゃないのに、どこからともなく立ちのぼる確信犯的なにおいは。

 

本:ゴキブリがいつでもどこでもたくましく生きてるのと同じだよ。

 

明:今度は自分をGに例えても全然平気な鈍感力!! たしかにこれはうらやましい気がしないでもないが、しかし…それでいいのだろうか?

 

本:さて、でこの章の彼なんだけれどもに、すでに、数年後に再会した時は、事後、という感じだった。

 

精神疾患は24時間、あなたを攻撃する 中編へと続く

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